Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “雪月夜”
 


京の都も どちらかといや
冬場は雪に覆われる土地であるがため、
そんな都のずんと場末、
山野辺の里ともなれば、
冬が深まれば必ずのように雪が降りしきり。
年も明け、寒に入って幾日か。
大寒という最も寒い頃合いともなりゃ、
一見 古びたあばら家にすぎぬ蛭魔邸も、
母屋といわず、仕丁らの住まう長屋といわず、
蔵や牛舎、庭の隅々までもが
分厚い雪の綿帽子に
すっかり覆われるのが常だったりし。

 『雪って降るときに
  ふと静かになるから不思議ですよね。』

いやに静まり返ってるなと表を見やれば、
音もなく
雪が降っているということが多いのへ、
書生くんがそれは素直な感慨をこぼしてた。
周辺の気配を消すことで
その存在の降臨を察するもの、とは、
なんてまあ荘厳で神秘的な現象だろうか。

 『雪こんこ降ゆと、
  たぁも様やくちゅばが
  おーちに居なしゃい ゆーのね。』

天界から毎朝降りてくる、
小さな天狐の皇子様には、
積もった雪で遊びたいのに、
触れるのもメッと言われるのが
詰まらないらしく。
こちらへ降りてる内に降ったらいいのに、
だったら思う存分遊べると。
雪下ろしの大仕事なぞには縁のない、
無邪気なお子様ならではな
言いようを繰り出してござったっけ。




 「…どうした?」


食うだけ食ってさして動きもしない、
ぽってり太った公達らからは
“浅ましい”と揶揄されるほどの痩躯ゆえ、
暑いのはさほど堪えぬが、
寒さは苦手なはずの術師殿。
それが…何を思うたか、
板張りの広間の奥向きに設けた
寝処を取り囲む、
分厚い几帳の裾をちょろりと持ち上げ、
やや遠い庭のほうを
透かし見ているものだから。
几帳も三重なら、
綿入れを何枚も敷き詰めてある床とはいえ、
そんなして隙間を作っては寒かろにと。
自分の懐ろからごそもそ抜け出し、
そんな端っこへと向けて
しなやかに延ばされた背中へ
うとうとしかけていた葉柱が声をかければ、

 「……うん。」

一応は聞こえたらしいが、
どこか気もそぞろな返事をし、
淡い玻璃玉のような双眸を、
暗がりの向こうを刳り貫く、
御簾越しにほのかに白く浮かぶ
雪景色を見やっている蛭魔であるらしく。
羊の毛を用いた
“しょおる”をまとうてこそいるが、
それでも寒々しく見える
薄い肩や細い背を見ていられず、
しょうがねぇなと自分も身を起こし、
こちらは
上へと掻い巻きのようにして掛けていた、
やはり綿の入った大きめの打ち掛けごと、
冷えかかっていた御主の身へ
軽く覆いかぶされば。
鬱陶しいとか馴れ馴れしいとかどうとか、
ひじ鉄が飛んでくるでなし、
かかとで蹴り上げられるでなし。
ふわりと自分を包み込む相手の
肌合いや温度、
加減された重みへと、
ほのかに細い眉を緩めて
こそり微笑った蛭魔であり。
このままでは相手から見えないものの、
どした?とのぞき込まれるのは癪だったか、

 「いやに静かなもんだなと思ってな。」

眠そうな声でそんな言いようをやっとこ返す。
屋敷じゅうが シンと静まり返っているのは
家人が皆寝ているからで、
これが宮中ならば魔の気配が寄らぬよう、
不寝番が篝火でも焚いて立っている。
風水だの五行だの、
不吉を祓うに必要な学問を修めていつつも、
そんなのの謂れは
ほぼまやかしと判ってもいる蛭魔としては、
じかに触れた夜気の冴えようや
雪に包まれた世界の静けさにこそ、
冬の閑とした空気の底知れぬ静寂に、

 ああ これは確かに
 心細いおり、
 一人で相対すは恐ろしいかもと

想いが至ってのこと、
感慨深くなってもいたようで。
そんな自分をくるみ込む、
懐っこい温みや愛しい匂いへ、
ふふと口許がどうしても緩んでしまい、

 “…造作もねぇとは このことか。”

誰も寄せぬと片意地張っているのは、
群れるのが面倒だからではあるが、
そもそもの元を正せば、
誰にも弱みを見せたくなかったからかも。
幼いころからの孤独な身の上、
一人で生きてくのに必死だったから、
ともすりゃ頑なに孤高を保っていたけれど。
誰をか頼ればそれがいなくなるのが怖くなり、
心に隙や弱さも出来ようからと。
もしかして
そんな甘ったるい気持ちも
多少はあったのかも知れず。

 “…だとすれば、
  間違いなく
  こいつが原因だってことになんだがな。”

誰かといることの温かさ、
最初に植え付けた
“謎のおじさん”だった存在。
生きてく術を教えたと同時、
人ならぬ身の自分では
共に居ることは出来ぬと
春の最中に去っていった
つれないおじさんでもあって。

 「? どした?」

不意に口を噤んでしまったのへ、
寝たかとでも思ったらしかったが。
顔を覗き込まれては剣呑だったから。

 「なに、こんな寒い晩も一人でおった
  とんだ馬鹿やろだったのかと
  呆れていたのよ。」

 「お…。」

真冬という季節はずれな生まれのせいで、
冬場は土中で眠る種族のはずが、
彼一人だけちいとも眠れず、
仲間たちが這い出す春までは、
一人で過ごすのが常だったとか。
こんなにも静かな夜を、
実は気立ての優しい彼は、
たった一人で、どんな想いで、
長の歳月 過ごして来たのだろうかと。
それを思えばまた別の感慨も浮かんで来、

 “もっと身を入れて
  俺んコト探しゃあよかったものを。”

そんな想いが胸底で
もじょりと涌き立ちもするけれど、
言うだけむかつくと、口許ひん曲げ、

 「…寒い、もう寝る。」
 「おお、そうか。」

言われて慌てて掛けるものを
あちこちから引き寄せる手際の不器用さが、
他の者なら苛つくだろに、
この彼の所作では怒りも出来ぬ。
くつくつ浮かぶ苦笑に
胸元を暖められつつ、
寝返りを打つと頼もしい胸板にしがみつき、
そのままくるみ込まれる
痩躯の術師殿だったそうな。




    〜Fine〜  15.01.23.



  *そういや葉柱さんのお誕生日でしたねと、
   慌てて書き始めた
色気のない話ですいません。
   バタバタし通しだったとはいえ、
   放っておくにもほどがある間の空きようでしたね。
   こちらの人たちへもまだちょっとはごしょごしょ書きたいので、
   どかよろしく。


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv  

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